2021
なでしこ再訪
日本の女性研究者の現状と女性研究者を増やすために取られてきた施策について
斉藤典子1,*,Susan M. Gasser2,3
1 がん研究会がん研究所・がん生物部、東京(日本)
2 フリードリッヒ・ミーシャー生物医学研究所、バーゼル(スイス)
3 ISREC財団、ローザンヌ(スイス)
*責任著者 E-mail: noriko.saito@jfcr.or.jp
・原著:Saitoh, N., Gasser, S. M. Nadeshiko revisited: The situation of women in Japanese research and the measures taken to increase their representation. EMBO Rep., 22: e52528, 2021. DOI 10.15252/embr.202152528 | EMBO Reports (2021) e52528
・⽇本語訳:⻫藤典⼦(がん研究会がん研究所)・平⾕伊智朗(理研BDR)
・この記事は、著者と雑誌社の許可を得て翻訳・転載しています。
・This is a translation of (Saitoh, N., Gasser, S. M. Nadeshiko revisited: The situation of women in Japanese research and the measures taken to increase their representation. EMBO Rep., 22: e52528, 2021. DOI 10.15252/embr.202152528 | EMBO Reports (2021) e52528) by Noriko Saitoh (The Cancer Institute of JFCR) and Ichiro Hiratani (RIKEN BDR). It is reproduced with permission of the authors and journal.
日本の親にとって、15歳の男子と女子いずれもが国際的評価PISA(Programme for International Student Assessment)で同等に好成績を収めていることは、喜ばしく誇れるものである。2018年、日本の女子は理科と数学でそれぞれ参加40カ国中2位と3位、日本の男子は両科目で1位であった(https://data.oecd.org/japan.htm)。しかし、日本ではその後、男子と女子は成長すると共に異なる期待に直面し、異なるキャリアパスを歩むことになる。本稿では、このことが日本の女性科学者の状況にどのような影響を及ぼしているかを論じる。まず、学術研究における女性の比率から話を始めて、女性科学者が現在直面している問題を概説する。そして、日本政府が女性研究者の比率を上げるために策定、実施してきた数々の施策を示す。最後に、現在新たに生まれつつある草の根運動について紹介する。女性のエンパワーメントは、日本の科学界における女性研究者の状況を改善するための最も有望な戦略の一つであることを提言したい。
ゆっくりと、しかし着実に増加
日本の科学・技術・工学・数学(STEM)分野の専門職の女性比率が、OECD加盟国の中で最も低いことは、今や広く知られている。これは、世界経済フォーラムが発表したグローバル・ジェンダー・ギャップ・レポート2020が、「日本のジェンダー・ギャップは先進国中で圧倒的に大きく、しかも過去1年間でそのギャップはさらに拡大している」と述べていることからもわかる。日本のジェンダー・ギャップ指数は参加153カ国中121位にランクされている(http://www3.weforum.org/docs/WEF_GGGR_2020.pdf)。この順位の低さは「経済活動への参加と機会」(115位)と「政治的な権限委譲(エンパワーメント)」(144位)のスコアが低いことに起因している。さらに、日本の「上級職や指導的地位における女性比率」はわずか15%で、この項目は131位となっている。日本の科学界には、乗り越えるべき2段階の障壁があるようだ。1つ目は女性研究者の総数を増やすこと。そして2つ目は、意思決定の場に立つ女性リーダーの数を増やすことである。これは、欧米諸国が女性研究者の状況を改善しようとした時に直面したことと大差はないが、2つ目の壁は未だに主要なボトルネックとなっている。
日本では、女性研究者の比率は依然として低いものの、政府が科学技術基本計画を制定・施行した1995年以降、着実に増加している。研究室主宰者(Principal Investigator, PI)、非PI、大学院生を含めたSTEM分野の女性研究者の比率は、1996年には9.3%であったが、2019年には16.6%と約2倍に増加した。日本の文化や習慣が、女性の社会進出を妨げているというのはよく指摘されることで、一部事実ではある。しかし、それだけで女性研究者の比率の低さを説明することはできない。なぜなら、他の国々と同様に女性に対する社会的な期待は刻々と変化しているからである。例えば近年、日本において、女性だけが皿洗いや洗濯、料理をするようなシーンを含むテレビコマーシャルを見かけることはほぼない。これは、「男子厨房に入るべからず」という古い常識を覆し、「男女ともに家事は出来るし、すべきである」というメッセージをさりげなく発信している。
別の例としては、「なでしこ」という言葉の持つイメージの変化がある。かつてこの言葉は、薄赤色の可憐な花の姿になぞらえて、物静かで淑やかで見返りを求めずに男性の言うことに従う、美しい理想の日本人女性を表現するものであった。今では「なでしこ」、と言えば「なでしこジャパン」の愛称で親しまれている日本の女子サッカーチームの勇姿を思い浮かべる日本人が多いのではなかろうか。このチームは2011年のFIFA女子ワールドカップで優勝し、東日本大震災に見舞われていた当時の日本全体を勇気づけた。
このような社会的・文化的変化にも関わらず、女性科学者の増加率は不十分である。今のペースのままでは、日本のアカデミアの女性比率が20%に達するのは2028年、そして、2011年に政府が掲げた30%の目標を達成するのは2060年になる試算である。何が変化を妨げているのだろうか?『What works: Gender Equality by Design(何が有効か:計画的な男女共同参画の実現)』の著者であるイリス・ボネット(Iris Bohnet)によれば、測定されないものを修正することは不可能である、ということである。幸い日本では、男女共同参画学協会連絡会という大規模コンソーシアムが、定期的に日本のSTEM分野の大がかりな調査を実施しており、4~6年ごとに大規模なデータを収集している(https://www.djrenrakukai.org/en/studies.html#enq)。男女共同参画学協会連絡会は、男女共同参画を推進するために2002年に設立され、日本のSTEM分野の67学会が加盟してスタートしたが、現在では100近くの学会が参加している(Homma et al, 2013a)。本コメンタリでは、以下、男女共同参画学協会連絡会のデータから見えてきた問題点を議論していく。これらの問題は、実は日本に限ったことではなく、ワークライフバランス、無意識のバイアス、ジェンダーに基づく期待などの形で世界中どこにでも見られるものであり、女性研究者のキャリアを妨げているものと考えられる。
ワークライフバランス
家庭を持つと、当然、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)に真剣に取り組まざるを得ない。これが男女双方にとっての課題であることは明白だが、日本では女性の方がはるかに難しい状況に置かれており、これは日本の出生率の低さにも反映されているようである(図1)。女性研究者の約80%、男性研究者の約60%が、子供がいないか、いても一人である。これにはいくつかの理由があると思われるが、ある種の仕事は男女のどちらかのものである、という固定観念が意識的・無意識的を問わず強く残っていることが、その一つであることは間違いない。例えば、母親が子供の面倒を見るものだ、というように。男性研究者の場合、日中、未就学児の育児を担当するのは80%が配偶者だが、女性研究者の場合は80%が保育園である(図2)。これを裏付けるように、男性研究者の育児休業の取得率は10%以下と非常に低く、取得しても1ヶ月未満がほとんどである。また、出張時には、男性研究者の約90%が配偶者に育児を任せているのに対し、女性研究者で配偶者に頼れるのは50-60%で、残りの約50%は家族や友人に頼まなければならない(図3)。国内外の学会において日本の女性研究者の参加率が低いのも、このようなハードルがあるからかもしれない。
デュアルキャリア人事とは、共働きの夫婦の採用を一緒に工面することで、いわゆる「two-body problem」を解決するためのものである。これは、世界中の大学や研究機関にとって課題となっている。新しい教員を一人採用する際に、同時にパートナーについても相応の職位を準備しなければならないからである。欧米では、このような方策が家族の絆を保つのに一役買ってきたが、日本ではそうはいかない。共働きのカップルや夫婦の多くは別居中で、一方が遠方で新たに職を得た場合は特にこの傾向が顕著である。2017年の男女共同参画学協会連絡会の調査によると、男性研究者の30%は配偶者と離れて暮らしている(図4)。これはすでに問題である。なぜなら人は快適に暮らしてこそ最高のパフォーマンスを発揮するものであり、その快適な暮らしには多くの場合、家族と生活をともにすることが含まれるからである。残念なことに、日本では、女性研究者の何と50%が配偶者と離れて暮らしている。女性の方が多いのは、夫の転勤に伴って女性は家に入って仕事を辞めたりする一方、男性は転勤があっても仕事を続ける傾向があるからであろう。このようにして、配偶者と離れて暮らす割合は、研究を続ける女性の方が男性よりも高い状況が出来あがってゆく。
図2|未就学児の日中の保育担当者の男女差
未就学児の日中の保育は誰が担当しているのか?(第四回科学技術系専門職の男女共同参画実態調査(英語版)、男女共同参画学協会連絡会 (2017) p.47、
EMBO Reports (2021) e52528、Fig. 2を和訳)
図1|STEM分野の親が希望する子供の人数と実際の数
男女ともに理想または希望する子供の人数は2人以上だが(上段)、実際の子供の数は特に女性科学者の間で著しく少ない(下段)。(第四回科学技術系専門職の男女共同参画実態調査(英語版)、男女共同参画学協会連絡会 (2017) p.43、46、
EMBO Reports (2021) e52528、Fig. 1を和訳)
図3|研究者が学会参加している間の保育担当者の男女差
研究者が学会参加で出張する際は、誰が子供の面倒を見ているのか? (第四回科学技術系専門職の男女共同参画実態調査(英語版)、男女共同参画学協会連絡会 (2017) p.76、
EMBO Reports (2021) e52528、Fig. 3を和訳)
図4|配偶者と離れて生活しているか?
女性研究者は男性研究者よりも配偶者と離れて暮らしていることが多い。(第四回科学技術系専門職の男女共同参画実態調査(英語版)、男女共同参画学協会連絡会(2017) p.38、
EMBO Reports (2021) e52528、Fig. 4を和訳)
研究者に占める女性比率の低さ
欧米諸国と同様に、研究者に占める女性比率は、アカデミックなキャリアの階段を登るにつれて減少していく。2013年の日本のSTEM分野における女性比率は、大学院生で35%、助教で29%、准教授で20%、そして教授レベルでは14%であった。この背景にもワークライフバランスなど様々な問題がある(図5)。しかし、中でも不平等で偏った業績評価プロセスが与える影響については相当真剣に考えられるべきである。女性の30%以上は「評価者は男性を優先する傾向がある」と考えている。この問題は日本に限ったことではなく、無意識のバイアス(unconscious bias)の表れかもしれない。高い地位にある女性でさえも「一般的に評価者は男性を優先する」と考える傾向があるのは、特に興味深い。
リーダーシップに関しては、女性の20%が「女性はリーダーとして望まれていない」と考えており、この数字は男性よりも高い(図5)。その原因としては、ロールモデルとなる人材や前例の少なさ、自信の欠如、自分自身の内面にある先入観や無意識のバイアスなどが考えられる。このように、女性の活躍を阻む大きな壁の一つには女性自身の内面から来るものもあるのかもしれない。ゆえに、女性自身が、科学の世界においてリーダーシップをとることを納得してゆく必要があるかもしれない。これはもちろん日本だけの問題ではない。実際、2017年の「世界の研究事情におけるジェンダー(Gender in the Global Research Landscape)」というレポート(https://www.elsevier.com/research-intelligence/campaigns/gender-17)によると、2011年から2015年の女性研究者一人当たりの学術的成果は、男性研究者よりも高かった。公平で平等な研究環境では、女性は男性と同等もしくはそれ以上の業績を上げているにも関わらず、指導的立場にある人が少ないのである。日本ではこれが特に顕著である。
別の研究では、性別、業績、その他の要因が教授職への昇進にどのように影響するかを調べている(Fujiwara, 2017)。その結果、日本の女性研究者が教授に昇進する割合は、人文学・社会学では男性の80%、生物医学研究では約70%、理工学では約50%であることが分かった。このように、女性は男性と同等の成果を上げていても、より高い地位に昇進する機会が制限されている。この研究では、i) 最初の論文発表から正教授になるまでに必要な年数、ii) 論文発表数、iii) 研究予算、については男女間に有意差は見られなかったとも指摘されている。ただし、この調査は、教授になった女性のみを対象としており、昇進しなかった多数の女性が調査対象から除外されていることに注意したい。しかし、教授レベルにおいても、女性の受賞回数は少なく、学会発表の回数も少なく、論文の共著者に迎え入れられる回数も少ない。これらの違いは、女性の貢献が十分に認識されず、研究成果がしばしば男性の同僚に帰属してしまうという「マチルダ効果」の存在を示唆している。
さらに不平等な点は研究費である。日本では、ほとんどの女性科学者は男性よりも研究費が少ないか全く研究費助成を受けておらず、高額の研究助成は男性研究者に与えられることが多い。男性研究者全体の5%以上が5,000万円以上の研究費を得ているのに対し、女性研究者では3%である。日本で最も権威ある基礎科学分野の助成金であるJST(国立研究開発法人・科学技術振興機構)の「さきがけ」と「CREST」を例にとると、2020年のさきがけ受賞者167名のうち女性は15名、CREST受賞者56名のうち女性は4名であった(https://www.jst.go.jp/kisoken/presto/application/2020/201019/201019.html)。女性が昇進や研究費獲得のチャンスを失っているという事実が、若い女性研究者を落胆させることは間違いなく、彼女達のキャリアを早々に縮めてしまう悪循環を生んでしまっているのかもしれない。
図5|女性がSTEM分野でリーダーにならない理由として考えられること
家族に対する世話とロールモデルの不足が、女性に指導的立場に立つことを躊躇させている可能性がある。(第四回科学技術系専門職の男女共同参画実態調査(英語版)、男女共同参画学協会連絡会(2017)p.55、
EMBO Reports (2021) e52528、Fig. 5を和訳)
状況を変えていく
日本政府はこれまで、このような状況を変えるために、大いにイニシアチブをとってきており、それは評価されるべきである(図6; Homma et al, 2013b)。1996年に内閣府が第1期科学技術基本計画を策定して以来、各5か年計画には、女性研究者の比率を段階的に上げるための施策が盛り込まれている。第1期計画(1996-2000年)は、女性の雇用確保と労働環境の改善を目指し、第2期計画(2001-2005年)には、女性研究者に出産後のアカデミア復帰を促す施策が盛り込まれた。第3期計画(2006-2010年)では、生命科学分野全体における女性研究者の採用率の目標値が明確な数字(25%)として設定され、第4期計画(2011-2015年)は、それまでの施策を維持しつつ、生命科学分野での女性研究者の採用率を30%に引き上げることを目指した。第5期計画(2016-2020年)も、女性採用率増加のペースを維持することを目指した。
これと並行して、内閣府男女共同参画局が2000年に開始した「男女共同参画基本計画」は、その後も更新され続けている。2015年には、安倍晋三首相(当時)が、「すべての女性が輝く社会づくり」のコンセプトに基づいて「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」を成立させた。同様に、文部科学省は、女性科学者の研究環境の改善を目的として、「女性研究者支援モデル育成事業」(2006-2012年)、「女性研究者研究活動支援事業」(2011-2016年)、「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」(2015年〜現在)などいくつかのプログラムを開始した。また、2009年の「女性研究者養成システム改革加速」(2009-2013年)では、女性研究者の数を積極的に増やし、昇進を加速させようとした。この取り組みには、女性限定のアカデミアポジションを確保するといったアファーマティブ・アクションが含まれていた。
日本学術振興会(JSPS)は、優秀な若手研究者を育成するための特別研究員制度を実施している日本の主要な研究資金提供機関の一つである。1990年代初頭の日本では、女性が出産・育児を経た後に仕事に復帰することはほとんどなかった。これは何もアカデミアに限ったことではなく、日本社会全体がこのような状況であった。非常勤の研究者や任期付きの博士研究員(ポスドク)は産休・育休が取得できないため、退職以外に選択肢が無かったのである。その結果、日本は膨大な量の人材を失ってしまった。これを解決するために、アカデミアの優秀な若手研究者が出産・育児で研究を中断した後に、スムーズに復帰して研究を続けることを支援する「特別研究員RPD(Restart Postdoctoral Fellowship)」プログラムが2006年に創設された。これはかなり効果的で、JSPSから採用通知が届くと、多くの女性応募者やその家族、そして指導者が大いに安堵したという。このプログラムにより、「女性は研究の場において一過的な存在ではなく、生涯にわたるメンバーであることを期待されているのだ」というメッセージが、意図的ではないにせよ実に効果的に伝わっている。さらに、このプログラムは、科学技術の第一線で活躍する女性が講師を務める高校の授業も支援しており、科学に興味ある女子中高生を支援すると共に、女性のロールモデルに触れる機会を与えている。
図6|女性研究者の比率を上げるために日本では複数の施策がとられてきた
日本の女性研究者を増やすための政治的な施策と目標(文部科学省、https://www.jst.go.jp/shincho/koubo/2020koubo/diversityR2-koubosetsumeikaisiryo.pdf、EMBO Reports (2021) e52528、Fig. 6を和訳)
口だけでなく、行動も伴って
ジェンダーバランスに関する政府の施策が始まったばかりの頃は、それは基盤を確立することを目的としていて女性ばかりが参加していたこともあり、実際に効果はないのではないかと考えられたものである。関連会議に女性だけが招聘されるのは不公平だ、と考える女性もいた。会議に出席することで研究や教育の時間が削られ、同僚男性には無いさらなる負担が重くのしかかるからだ。しかし、政府がこれらのプログラムを長期的に支援したことで、多くの人々の考え方が変わってきた。政府が数値目標を掲げて女性教授を増やすために継続的に努力していることが知れ渡ると、より多くの人々、特に女性がこれらの取り組みに対して期待を抱くようになった(図7)。
1990年代以降、状況は確実に変化してきた。現在では、ほとんどの大学に男女共同参画室が設置され、女性の研究環境の改善に努めている。また、公的な学会でも男女共同参画活動が行われている。学会の年次大会には、多くの場合、託児室が設けられ、会員は子連れでも参加することができ、データ発表や議論の機会を逃さなくて済む。日本の学会における変化の代表例としては、日本分子生物学会が挙げられる。この学会は、女性会員の比率が低いことを認識して、いくつかの改革を行った。例えば、2009年、第16期理事長の岡田清孝氏は、30人の理事のうち女性が1人しかいなかった頃に、理事の10%以上を女性にすることを表明した。その後女性理事の数は増え、2019年には第21期理事長の阿形清和氏が、学会員の25%以上が女性であることから、理事の20%以上を女性にすべきである、との声明を発表した。以後、選出された女性理事が一定数を下回る場合は、トップダウンで調整を行うきまりとなった。幸いに現在までの所、この措置が必要となったことはない。
図7|政府の施策に対する科学者の受け止め方の変遷
国が数値目標を定めていることが理解されると、政府の施策・計画に対する評価、特に女性からの評価は高くなる。(第四回科学技術系専門職の男女共同参画実態調査(英語版)、男女共同参画学協会連絡会(2017)p.129、EMBO Reports (2021) e52528、Fig. 7を和訳)
もう一つの成功例は「名古屋大学松尾イニシアティブ(注:名称は松尾現総長に由来)」で、2021年までに女性教員比率を20%にすることや、指導的立場に女性を登用することなど、トップリーダーによる積極的改善措置(ポジティブ・アクション)が盛り込まれている。名古屋大学は、男女共同参画センターを建設し、教育研究評議会における女性委員比率の推奨値を20%以上とするように学内規定を改定し、大学の意思決定プロセスへの女性の参加を増やしている。また、部局ごとに女性教員の目標数を設定し、目標を達成した場合にはインセンティブを、達成できなかった場合にはペナルティを与えている。インセンティブとしては、大学の部局の教員枠の増加、目標値を超えた場合の「ジェンダー平等基金」という特定基金の提供などがある。一方、目標を達成できなかった場合には、部局の予算が削減される可能性がある。彼らの目下の目標は、2027年までに女性教員を30%にすることで、これは前述の政府が立てた目標よりもさらに先を行っている。2015年に名古屋大学は、国連女性機関UN Womenが設立したジェンダー平等の世界的な活動である「HeForShe」(https://www.heforshe.org/en)のトップ10大学の一つに選ばれた。この団体は、男性がジェンダー平等に積極的に関わることを奨励しており、アカデミアの女性への権限委譲(エンパワーメント)において、男性は「男性の味方(male allies)」として同等の役割を負っていることを明確に謳っている。
新たな草の根運動、WiSJ
草の根運動もインパクトをもたらしている。2011年の春、3人の女性研究者が、大阪大学に1カ月間客員教授として滞在していたスーザン・ガッサー(Susan Gasser)と夕食を共にした。これが、女性研究者たちのネットワークの始まりで、その後、「WiSJ(Women in Science Japan)」というグループに発展した。WiSJは、2019年と2020年には、主要な学会年会のサテライトイベントとして、ISFRCB(International Symposium for Female Researchers in Chromatin Biology)を相次いで開催した。ISFRCBは、駆け出しの女性研究者からベテランの女性リーダーまでを含む日本の女性研究者に、著名な演者や研究所長を含む大勢の国際的な研究者の前でともに講演する機会を作ったのである。ISFRCBは、日本の女性研究者の国際的なプレゼンスを高め、ヨーロッパと日本の絆を深めるための、女性生命科学者同士の人的ネットワーク形成の機会にもなった。
ISFRCB 2019の特徴の一つは、欧州分子生物学研究所(EMBO)主催の研究室運営(ラボマネージメント)リーダーシップコースの短縮版を実施したことであった。このコースでは、ヨーロッパからの招待演者などが中心となって、研究チームのリーダーが直面する具体的な課題について少人数でグループディスカッションを行った。また、効果的な研究所・研究室運営のためのリーダーシップに必要なスキルについての講演が行われた。このシンポジウムの重要な点の一つは、男性研究者の参加を歓迎したことである。当日は、男性研究者も女性同様に、最先端のサイエンスやオープンな雰囲気、そして活発な議論を楽しみながら、EMBOリーダーシップコースの有益さを体感したのであった。
変化への鍵:女性リーダーを採用した研究所を評価する
トップダウンの行動指針やボトムアップの取り組みはその効果を見せ始めているものの、日本の変化を加速させるにはこれ以上のことが必要である(Dilworth et al, 2020)。鍵となるのは、研究所や大学の新しい教員の雇用に関する方針かもしれない。2011年には教員の30%を女性にするという目標が設定されたが、これはほとんどの研究機関で達成されていない。この状況は、イギリスのEquality Challenge Unitのアテナ・スワン憲章(Athena SWAN)、ヨーロッパのHorizon2020のgenSET、あるいはアメリカのNSF ADVANCEプログラムのような評価方法の導入によって、変えられるかもしれない。これらのプログラムでは、ジェンダー・ダイバーシティを審査するとともに、研究機関における女性スタッフの認知度(visibility)や労働条件をモニタリングしている。日本では、お茶の水女子大学が作成した「お茶大インデックス」があり、これらの評価方法と同様の基準を多く含んでいるが、独自の基準も含まれている(https://www.cf.ocha.ac.jp/igl-en/j/menu/propulsion/groupingmenu/d004708.html)。このような基準で女性科学者の置かれた状況を研究機関横断的にモニタリングすることによって、ジェンダー平等の観点から研究機関の成功度をランク付けすることが可能となる。
男女共同参画は、女性だけの問題ではない。科学研究に男女双方が参加することで、研究者コミュニティ全体の質が向上し、国の経済や生産性にも貢献することが実証されている。男性もまたジェンダー平等の重要性を認識し、戦略を提案し、誇りを持って女性の同僚をサポートする「男性の味方(male allies)」となった時にこそ、真の前進が実現する。女性もまた、リーダーシップを発揮することが社会の多様性に貢献する、という考えを受け入れることで、自身の中にある無意識のバイアスに対処することができる。全ての関係者がこのような態度で取り組むことによって、最善の科学が育まれ、よりバランスのとれた世界が実現するであろう。
利益相反
著者は、利益相反がないことを宣言します。
謝辞
Daniela Rhodes、Geneviève Almouzni、Irina Solovei、Petra Hajkova、大坪久子、本間美和子、杉村薫、杉本亜砂子、上村匡、平谷伊智朗、木村宏の各氏には、ISFRCBで洞察に満ちた意見や議論をしてくれたことに感謝します。また、実りある議論をして頂いたWiSJのメンバー、岡田由紀、浦聖恵、大杉美穂、加納純子、安原徳子、荒川聡子、多田政子の各氏に感謝します。また、山口恵子、並木孝憲、大戸信子の各氏のご協力にも感謝します。
参考文献
Homma, M. K., Motohashi, R., Ohtsubo, H. (2013A) Maximizing the potential of scientists in Japan: promoting equal participation for women scientists through leadership development. Genes to Cells, 18: 529-532.
Homma, M. K., Motohashi, R., Ohtsubo, H. (2013B) Japan's lagging gender equality. Science, 30: 6131.
Fujiwara, A. (2017) A consideration on the series of university reforms and expansion of professor's diversity: Event history analysis on characteristics of researchers and promotion. NISTEP DISCUSSION PAPER, No.144, National Institute of Science and Technology Policy, Tokyo.
Dilworth, M. (2020) Gender Equality in science and technology: A critical issue for sustained economic growth and development of Japan. Journal of the Society of Japanese Women Scientists, 10: 19-24.
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